色褪せない願いと、


#色褪せない願いと、

「遊星、遊星っ!」
彼女が買い物にと言って外出したのは、ほんの数十分前のことだったように思う。
行ってきますとぶら下げた買い物袋ごとブンブンと手を振るに片手を振って見送った記憶が自棄に真新しい。見送る前からは勿論、後の今の今までパソコンに囓りついていた遊星にとっては正確に計りかねる時間ではあったものの、
「どうした、。セールだったレタスが売り切れていたのか?」
「やばいその事考えて無かっ――じゃなくて、来て、ほら!今すぐ!」
蹴破る気かと問いたくなってしまう程の荒々しさで扉を開けてガレージへと駆け込んできたをスルー出来るはずも無く。遊星は黙々と打ち込んでいたエンジンのプログラミングから手を離して振り返った。一体何をそんなに慌てているというのか、の突発な行動は今に始まったことでも無いので大して驚きはしないものの、相変わらず想像が付かない。
もしかしなくても走って戻ってきたのだろう、多少覚束なく感じる足取りと共に、息を切らしながら遊星の元まで辿り着いたは早く早くと自分のものとは比べものにならない逞しい腕を捕まえて引っ張ってくる。
今だ梅雨が明けていないとは言え、もう7月だ。感じる蒸し暑さを前に例外なくノースリーブ姿であった遊星の腕をとるの指先は熱い。言わずもがな走った為だろうということは推測出来たが、そこまでして彼女が必死になるものとは何なのか、疑問符はますます募るばかり。そんな遊星を一人取り残して、急かし続けるに彼が促されるまま立ち上がるのは時間の問題だった。容量の良いことで、彼女は空いた手で近くの適当な台の上に引っかけてあった遊星の上着を引っ掴んだ。
「何処に行くんだ?」
「スーパー!」
「…行ったんじゃなかったのか?」
遊星の返事は最もだった。しかし瑠璃色の瞳に映る限り、確かに彼女の手にぶら下がったまま彼方此方と好き放題に振り回されている買い物袋は出掛ける前として以前形は変わっていない。タイムバーゲンは午後までなので関係が無い、徒歩では間に合わないからというわけでは無さそうだ。
仕方がないで長袖の上着に腕を通しながら問いかけた遊星に、はガタガタと辺りの引き出しを開けては何かを確認しながら返事を返す。
「行った!でも帰ってきた!」
「どうし「いいから今は来て!」……分かった、乗れ。」
最近にしては珍しく、雨が降り出していない曇り空の下。再び扉を開け放って駆け出そうとしたを呼び止めて、振り向き様を狙ってポーン、と軽くメットを投げ渡した。
予想外だったのだろう、慌てた様子で何とかメットをキャッチしたまでは良いが、パチクリと瞳を瞬かせるを前に、D・ホイールに跨りエンジンを唸らせた遊星は急いでいるんだろう?と口元に笑みを浮かべて見せる。
「…!」
みるみるうちに表情を明るくさせて喜ぶ、その顔が見たかったのだ。

湿気を含んで少し重たく感じる風を切る様に走る。目まぐるしく通り越していくこの景色を、先程は歩いて、そして走って通ったのだろう。そんな事を横目に思う遊星の後ろで、がぐいぐいと捕まった上着を引っ張りながら声を上げた。
聞いて、あのね。何処か勿体ぶる様にして、けれども言いたくて仕方の無い幼い子供の様な雰囲気が背中からでも伝わってくる。
「スーパーで笹の葉配ってたから!」
風上にいる相手にちゃんと聞こえる様にと考えた為か、それとも興奮からか。どちらにしてもその声は風の音に負けずによく届いた。
「笹の葉?」
今度は遊星が予想外の言葉に瞳を瞬かせる番だった。オウム返しに問い返した言葉に「そう!」とは遊星の肩に手を移して肩口に顔を寄せた。これがD・ホイール上で無ければ間違いなく負んぶの体制に持って行かれていただろう。
寄せられた重みを背中に感じながら考える。笹の葉、そう言われて、行事に疎い生活を送っている自覚はある遊星にも思い当たる日は一つ、そうか、今日は
「七夕!七夕しよう遊星!」
アキも、龍亞と龍可も、みんな呼んでさ
彼女らしいと言えばそれまでだった。要はお願い事がしたいのではない、みんなで集まってはしゃぎたいのだ。
思い出すのは幼い頃、笹の葉に見立てた適当な木に吊した質素な紙切れたち。短冊の色は一貫してくすんだ白色だったけれど、その分だけ真っ直ぐな子供の夢が色づいていた様に思う。何時に増して高い声を上げる彼女は、きっと同じ様にあの頃のことを思い出したのだろう。
小さな手に引かれてみんなが待つ輪の中に入っていった。あの時と比べれば、本物の笹の葉を飾り、色鮮やかな短冊や紙飾りを吊すのは夢にまで見た光景だ。その代償に、幼い頃の夢は少しだけ色褪せてしまったのかもしれないが、それよりも強く色づく願いを、今の俺たちは別に持っている。
「そうだな。」
見ては駄目だと言っても、みんなの短冊を見るであろう背後の少女のことを考えながら、遊星は短冊に何と書くべきかという考えに思考を巡らせた。書かないという選択肢が無いのは、とうの昔に分かりきったことだ。


今度は君の手を引いて輪に入りたい
(あの時の笑顔は今も傍にある)


即席クオリティ。他全員外出中というよく訓練されたガレージ組に感謝(笑)
20120707