残暑のワークデート


#残暑のワークデート

8月31日と聞いて、諸君は何を連想するだろうか。単なる月の最終日と思うこと無かれ。そう、それは宿題を抱える学生にとって最も恐ろしい日である――。
「宿題が!終わってないんですぅうううう!!」
じわじわとコンクリートを焦がす炎天下はまだまだしばらく続くのだろうが、季節的には夏最後の日を飾るに相応しい日差しの下。刻一刻と迫り来るカウントダウンにガッデム!と頭を抱える人物が此処にも一人。
ある意味では夏休みを最もエンジョイしている部類とも言えるだろう、ああああ!と頭を抱えてはこの最大限に追い込まれた大惨事を体現しようとするも、そんなものいくら努力した所で電話越しの相手に伝わるはずも無い。それ所か、そんな暇があるならさっさと机に向かった方が身の為だぜ!と何処からか天の声が聞こえてきそうなのだが、そもそもこの電話はかかってきたものだから仕方がないというのが彼女――の言い分であった。
「うう…」
ションボリと肩を落とし、項垂れながら壁へと寄りかかるその様は何処か哀愁さえ漂っている。姿は見えなくとも心底落ち込んだその声に、電話の相手も思わず情を誘われてしまいそうになるが、所詮は夏休みの宿題が終わっていないだけのこと。所詮とは言え、それが今の彼女にとっては一大事であることに変わりは無いが、それも宿題を終わらせた人から見れば自業自得の一言で一蹴されてしまうのだろう。
『しょげてる暇があるなら机に向かった方がいいと思うが』
「何で天の声を代弁してんだ嫌がらせかお前、嘲笑ってるんだろ、嘆く私に内心ザマァとか思ってんだろ!」
『落ち着け』
キイッ!手元にハンカチがあったならば確実に噛み締めていたことだろう。
軽く癇癪を起こしながらも即座にクールに突っ込みを入れてきた電話相手もとい遊星の声にはあ…、と溜息を零す。宿題が終わっていないという第一声の後、馬鹿にもせず、また誘いを断られたことに機嫌を損ねる様子も見せずに「なら仕方がないな」と理解を示してくれた彼に少しだけ罪悪感を感じる。否その罪悪感よりも自分へのやりきれない感の方が募りまくってるんだけども。
「…遊星がもっと早くに言ってくれれば意地でも終わらせたのに、」
『…どうだかな。』
「は?」
『何も言ってない』
「だろうよ」
今となっては後の祭り。遊星のせいにするわけでは無いが、こんな嬉しいビッグイベントが待っていたと分かっていればもう少しこの状況は変わっていたかもしれない。もう本当に昨日までの私何やってたんだ、馬鹿か、馬鹿だな。
要は、夏休み最後の日。宿題が終わっていないぜイヤッハー!なところに珍しいデートのお誘いが来たというわけである。…、………。あああもう何でこんな日にデートに誘ってくるかなあ!初めてじゃね?いつも一緒にいたり自然な流れで約束した後に「あれこれってデートじゃね?」と気づかされるパターンの多い遊星が真正面から「デートしないか」とか誘ってきたの初めてじゃんそれを宿題終わってないから無理です、とかうわっうわああああ私の馬鹿ぁああああ!!言われた瞬間の私の体温とテンションの上がりっぷりどうしてくれるんだそしてその後の現状への真っ青っぷりだよ畜生何度も言うけど分かってたら何としてでも終わらせてたってのにぃいいあああもおおお!…いやそんな事より宿題マジでどうしようこれはガチでヤバイぞどうする私、どうする。
『…仕方がないだろう。まさか最終日まで残らせているとは思わなかったんだから』
「嘘吐け何も考えず連絡したでしょ!私が、夏休み、必死に宿題を終わらせる姿が最終日以外にあるとこ想像できる!?」
『それもそうだな』
これはこれでムカつく!名残惜し過ぎて切るに切れない電話の中(それを見越した上で切ろうとはしないものの私の為を思って切った方がいいんだろうなと何処と無く迷っている遊星は本当に優しいというか正直聞いてて面白い)、昨日までの自分を恨まずにはいられない。戒めとまでは言わなくても、悔し過ぎてガンガンと何度も壁に向かって額をぶつけているとその音が聞こえたらしい遊星から少しだけ慌てたような声が返ってきた。うん、なんだこれ、楽しい。
『馬鹿なこと言ってないで止めろ』
「(止めるんだじゃなくて止めろって言われた…)あ、ハイ。…遊星、」
『…なんだ。』
「………て、手伝って★」
『………。』
言わずもがな、名前を呼ばれた瞬間雰囲気で感じ取ったのだろう。お願いしてみれば案のてい、返ってきた無言にぐぬぬと頭を捻らせる。何か、何かないものか――ハッ!そうだ!頭の上の電球が点いたのは言うまでも無い。
「遊星の好きなピザ屋のアイスでどうだ!」
『乗った。』
よっしゃあ!サラリと返ってきた承諾の声に大きくガッツポーズを取ったのは言うまでも無い。そんなわけで、夏休み最終日、遊星くんを家に招いて終わらない宿題を手伝ってもらうことになりました。いいか、私と同じように夏休み最終日に宿題を片付けなければならない人種がこの日を切り抜けるには大きく分けて三つの選択肢がある。一つ、自力で何とかやる。二つ、手伝ってもらう。三つ、諦めてテンションハイに遊ぶ。ちなみに三つ目は余程の度胸が無い限り夜になって泣きそうになる筈だと私は推測する。だが!しかし!今回の私は二つ目という一番有利かつ強力な味方を得たのだ!負ける気がしねえ!これで勝てる!ヒュー!
ばんざーい!と電話を切った後に手を広げて大いに喜び尽くした後、落ち着いて遊星を出迎えるべくいそいそと掃除機を手にとった。

「どうしてここまで溜めたんだ。」
「返す言葉もございません」
電話を切ってからおよそ一時間後。暑い日差しの中やってきてくれた(割には相変わらず涼しげというかクールな顔してる)遊星をクーラーの程良く効いた自室へと招き入れた。
そしてどっさりと、机の上でふんぞり返っている真っ白な宿題の山を前に、彼が間髪入れずにそう言ったのは言うまでもない。ごめん、本当ごめん。まさか此処まで多いとは思わなかったのだろう、端麗な横顔から眉が少しだけ潜まるのが見て取れた。わーいやったね!夏の暑さでも崩すことが敵わなかったあの表情を何もせず崩すことに成功したぞー!……すみませんでした何喜んでんだって話ですよね睨まないで下さいごめんなさい。
遊星の好きなアイスと一緒に頼んだ熱々のピザの美味しそうな匂いが漂う中、それを片手に胃を満たしつつ机に向かってガリガリのシャープペンシルを走らせる。ちなみに回答までは映させて頂けませんでした。そりゃそうだわな。でも何だかんだ言って本当に間に合いそうに無ければ最終手段としてカバンの中に潜ませておいてくれていることを私は知っている。本当に優しすぎてツライ、ので出来うる限りは自分の力で頑張ろうと心に誓ったのは記憶に新しい。まあ既に手伝ってもらっておいてなんだという話ではあるのだが。
「…そういえばさ、」
ふと、出された宿題の一つを思い出して顔を上げた。
一足先にピザを平らげた遊星が、今回の報酬であるお気に入りのアイスを食べながらも私の苦手な科目プリントのヒントをまとめていた手を止め、「何だ」と目で語る。視線の重なった群青色を見つめたまま、先ほど彼が今回宿題は既に全て終わらせたと言っていたのも同時に思い出した。何だお前優等生か、決して真面目とは言えないのに裏切られた気分だよこっちは!
「遊星の苦手な読書感想文、頑張ったんだよね?いつやったの?」
「8月に入ってすぐの頃か。」
「やりよる…」
「去年後回しに後回しを重ねて酷い目にあったからな」
「学習後のオチだったか」
そんな私も、読書感想文は後々残っていると面倒だと分かっていたのでやっつけておいた数少ない宿題の一つだ。遊星とまで苦手とは言わないが、未制覇の宿題と別に振り分けるように床の上でぎっしりと字数の生まれた作文用紙はどや顔している様にも見える。…ってこら、おい止めろ、遊星なに勝手に人の感想文読もうとしてんだ、え?宿題しろ?分かったから止めろ、見るな!っていうより私はあの破滅的に国語の出来ない遊星の読書感想文のが気になるんですけど!
「見せてー」
「断る。」
「ケチかお前」
「ケチで結構だ」
そんなものを見たがっている暇があるならさっさとそいつを仕上げるんだな。
そう言って私の手元にあるノートに視線をやりながら差し出されたプラスチックスプーンに、内心複雑な思いを感じながらも食いついた。ひんやりとした甘い味が口の中に広がる。お、美味しっ…!…若干頬が熱いのは気のせいです、くそう、ズルいなあこいつ。

「お、おおおわっ終わったー!ありがとう遊星ありがとう!」
いくら日が暮れるのは遅いと言っても、カーテンの向こうにある空はとっくの昔に暗い。結局、晩御飯さえも共にして遊星が手伝ってくれたおかげで、は一人でやるよりも随分と早く、真っ白だった宿題を黒く埋めることが出来た。右手に感じる疲労も比べ物にならないほどに軽い。開放感と達成感に満たされながらきゃっきゃと仕上がったばかりの宿題を宙へと投げ飛ばしながら喜ぶ彼女を前に、遊星は何処か満足気に瞳を細める。
明日は始業式。朝も早いので早々に帰ることにして筆記用具をカバンへと詰める遊星の隣でせめて途中まででも送っていくと主張するを危ないからと丁重に、かつ絶対的に断りながら遊星は言葉を紡いだ。
「構わない。報酬を増やしてもらうだけだ」
「歪みねーな。」
とは言いながらも、それほどまでの事をしてもらった自覚はある。どうせ9月と言ってもまだまだ暑いのだろう。明日の帰り道にでもまたアイスでもご馳走しようかと腕を組んで頭を捻らせるの名前を、遊星は立ち上がりながら呼んだ。

「なに――、」
「ご馳走様。」
それは、一瞬の犯行であったとも言えよう。
一体何が起こったのか分からずにポカンと固まるを残して、引き寄せた後頭部から手を離した遊星はスタスタと足早にそれだけ呟くと玄関へと向かった。
え、ちょ、えぇえええ何なの突然なに!?一拍子遅れて、慌てて後を追いかけてきた彼女の真っ赤な顔と来たら。予想通り過ぎる反応に少しだけ噴き出しそうになりながらも、遊星は靴紐から手を離して立ち上がった。ゆっくりと手を伸ばせば、ビクリと肩を揺らしながらも一歩下がることの出来ないの、先程は直接触れた唇に人差し指で触れた。
「…っ、」
「報酬をもらっただけだ」
「…ば、ばっか…!」
何が報酬だ、このイケメン。恥ずかしくて死にそうになりながらはフローリングの上に立ったまま遊星の胸倉を引っつかんだ。身長差はもちろんあれど、玄関との段差の分だけその差が縮まっているため背伸びをする必要は無い。仕返しだ、ちくしょう。
「!」
「あっ、ありがとうございますぅう…!」
「…ああ。報酬に比べたら、安い仕事だった。」
「……。この安上がりめ」
「どうかな。少なくとも、オレはアイスよりもお前に会える方が嬉しいがな」
「え」
え、どういう…。だって、今日手伝ってくれたのはアイスに釣られてなんじゃ、え、…え?
先程とは違い、この残る疑問に答えてくれるつもりはないのだろう。じゃあと手を振るが早いか外へと出て帰路を歩みだす遊星の背中に、じわじわと胸の奥で熱くなる想いを感じながらは手を振った。
「ゆ、遊星!また明日!」
「迎えに行く」
また明日とも、おやすみとも無く、ただその一言だけだったけれど。知ってんだからな、クールに装ってたけど遠ざかって行く遊星の耳が赤かったの!


いつだって気づくのは後からで
(これってもしかして自宅デートってやつじゃね!?)


8/31に書き始めたが案のてい間に合うはずが無くて放ry ※お察しください
しっかし遊星の好みのチョイスのドマイナーっぷりはry ※お察しください
20120918