※一瞬だけマグネタイト宅夢主さん要素が入ります
「っしゃあ、上っがりー!」
高らかな歓喜の声と共に、赤と黒のカードがパラパラと宙を舞う。
最後の最後まで互いに譲ることのなかったギリギリの攻防戦は、目の前で両手を広げて喜ぶ空色の髪の青年――鬼柳の勝利で幕を閉じた。
中々に小綺麗な旅館の一室。高校生男児の、加えて四人部屋であれどくつろぐには結構な広さだった。この日、修学旅行という名目の下で訪れていた彼らは割り当てられた部屋で旅行の醍醐味とも言えるトランプで白熱していたのだが。
自分たちが無条件に情熱をかけるデュエルでも無い。賭け事も無いたかだかトランプの一戦にえらくはしゃぎ喜ぶ鬼柳とクロウを尻目に、先に抜けて勝負の行く末を観戦していたジャックは、じっ…と己の手に残る最後の一手であったカードを無言で見つめる遊星に視線を落とした。
「どうした遊星、お前が負けるなんて珍しいな。」
「…そんな日もあるさ。」
フッ、と目を閉じて僅かながらの微笑を浮かべた遊星はさっさと散らばったカードたちを集め始める。その様子にジャックは少しだけ怪奇そうな表情をするも特に追求することは無かった。――そんな二人に背を向けて、今の今までハイタッチしていた鬼柳とクロウはその表情を180度回転させ、真剣な面持ちでこそこそと呟き合う。
「あっ…ぶねえ…!わざとあいつに弱えの回したのに粘るからビビったぜ…!」
「遊星はそっちのが燃えるタイプだからな」
頭の回転の速さは全員対等と言えるだろう。しかし、中でも良くも悪くも他人に比べてその感情を滅多に表情に出すことの無い遊星はトランプ面においては滅法強い。今回だって、クロウと二人がかりで陥れたというのにあの接戦だった。はあ…と緊迫していた心臓を撫で下ろす鬼柳にクロウは苦笑いを浮かべながらも、だけど勝っちまえばこっちのもんだよな、と声のトーンを上げた。
そう、勝ってしまえばこっちのもの。
その一言が鬼柳の気を取り直させるのはそれはもう早かった。今回の勝敗が全て計画の下であったと知る由も無い遊星は、集め終えたカードを慣れた手つきでシャッフルしながら「どうするんだ?もう一回するのか?」と二人の背中に問いかける。その声を合図にクックッと込み上げるそれに肩を揺らした鬼柳が持ち前のテンションの高さを振りまいて素早く立ち上がる。
「と、いうわけで罰ゲームターイム!」
きょと、と自分を見上げながら状況についていけない遊星が瞳を瞬かせる姿や、何処か呆れたようなジャックがチラリと向けてくる視線に鬼柳の表情はますます深まった。
「ちょっと待て、オレはそんな話は聞いていない」
カードをきっていた手を止めて、少しだけ眉を潜めて拒否の意をあらわにする遊星に「ばっかだな」と鬼柳は得意気に腰に手を当てる。今日一日ある程度の自由性はあったものの、観光の為にと決められた場所を巡り歩き、やっと旅館へと移動したことで手に入れた自由時間。かと言って出来ることと言えば下の階の売店へ赴くか、ロビーで談笑、もしくはこうして部屋でのんびりする事くらいだ。どうやったってオレたちはこの旅館から抜け出すことは出来ねえ。だったら、
「ここで満足するしかねえ!修学旅行まで来てただトランプするだけの奴があるか!」
ってわけで遊星、お前女子にセクハラしてこい!
ビシッと細い人差し指と共に向けられた一言、これが遊星の修学旅行一における一番の災難の始まりだったと言えるだろう。
「は?」
何を言っているんだと、正直に思った。戸惑いでも何でもなく、先程の比じゃない程の嫌悪の表情を顔に出した遊星の隣にすすすと移動した鬼柳はにやにやと口元に笑みを浮かべて遊星を肘でつついた。
「いるんだろー?好きな女子の一人や二人ー」
「いない。」
大体、二人もいてたまるか。
男ばかりと言えどお年頃。そういう話になっても可笑しいことは無いのだが、いかんせんそれなりにたくさんの女の子と交流もありその手の事にオープンと言うべきか、積極的な鬼柳に対して遊星は持ち前の寡黙さが良いと女子に人気ではあるものの本人は至って興味持たず。だからこそ鬼柳がこの手の話を出してくることは珍しくなかったが、遊星からすれば余計なお世話の他ならなかった。しかも鬼柳の様な明るさも交流も持ち合わせていない遊星が、突然女子にセクハラなんてしようものならそれこそ弁解の余地も空しく変質者確定である。
「は?健全な男子高校生に好きな女子いないわけねーだろ!?」
「どういう理屈だ。」
バッと鬼柳の肘を払い退け、鬱陶しげな表情を一切崩さずにそう言い切った遊星には何の死角も無かった、はずだった。
「嘘を吐くな遊星、お前がこの間女子の方をじっと見つめてたのをオレは知ってるぞ。」
ジャックが、この一言を割り入れてさえ来なければ。
「!、ジャック!」
「フン。このオレの声を無視したんだ、バラされて当然だな。」
咎めるような声をあげる遊星に、ジャックは窓の柵に腰掛けながら鼻を鳴らした。不可抗力だったとは言え、さっさと清算すべきだった。まるで拗ねた子供の様に根に持ったジャックの言葉に対してクロウは一言、「無視されたのかお前」とだけ突っ込んだ。ジャックの個人的恨みと言えばなんだが、理由が理由、しかも遊星にとっては都合が悪いことでしかないが、鬼柳にとってはこれ以上にない好都合である。
「よくやったジャック!んで?相手は?」
「その時は女子が群れてたからな、特定までは出来なかった」
チッ、惜しい。
だがこれで遊星に好きな相手がいるということだけは確定的になった。嫌な笑みを浮かべながら白状しちまえって、と催促してくるクロウはもとより鬼柳とグルだった様だし、ジャックはそうで無かったとしても自分に不利な状況を作ったとなれば遊星にとっては敵同然。じり、と追い詰められた遊星は如何この状況を切り抜けるべきかと思い悩んだ。タイムリミットを狙おうにも就寝時間には程遠い。
「いい加減諦めてセクハラして来いって、遊星!」
「断る。大体このフロアが女子禁制な様に、女子のフロアは男子禁制だろう」
「甘いな遊星、何のためのオレたちだよ。先公ならオレたちが何とかしてやっから!」
「してもらう必要も無ければいらない世話だ。」
と、いうわけでトランプはお終いな。遊星の手からトランプを奪い大きな旅行カバンにいそいそと片付ける鬼柳は至極楽しそうだ。さて、もとより遊星が罰ゲームだからと言って納得して自ら足を進めるなんて微塵も思っちゃいない。しかし無理に追い出してみた所で、遊星が本当に好きな相手の下へ向かうかは別の話だろうとクロウは内心思案するも、鬼柳の「仮に動いたとして、遊星みたいなくそ真面目な奴が何も思ってない奴に手を出すかよ」という言葉には多いに納得した。もちろん、遊星が動こうと動かまいと女子フロアに押し出してしまえばこっちのもの。あくまで自分たちの目的は決して口を開こうとしない遊星の好きな相手を知ることだ。見張りの先公を引き付ける役割の為、直接様子を見ることが叶わなくても後で女子に聞けば目撃情報なんて一発というものだ。
「大体部屋を知らな「そんなのしおり見れば書いてあっだろ」」
恨みがましく眉を潜めながらあの手この手の無理な理由を並べようとする遊星の顔面にペシッとしおりを投げつける。
「…セクハラ何て、」
何をどうしろというんだ。投げつけられたしおりを決して確認する気もない遊星は意地でも動かない気だろう。いや、こいつのことだから学校でしおりが配られた時点でナチュラルにチェック入れてるという可能性もある。まあ行く気とかは全然無いんだろうけど。
「真面目だなー遊星は!んなの後ろからすれ違い様にパシーンと尻叩いてやればいいんだよ!」
「出来るわけないだろう!?」
嫌われたらどうするんだ!
鬼柳とクロウに両腕を捕まれて、強制的にずるずるとドアへと引きづられ始めた遊星にもいよいよ焦燥の色が伺える。ジャックは相変わらず協力することは無かったが、きっと遊星の好きな相手が分かった暁にはそれをネタにからかって来ることは間違いないだろう。
「その時はオレたちがちゃんとフォローしてやるって!」
所詮他人事。バッシバッシと片手で遊星の背中を叩いて軽くそう言ったクロウにキッ、と鋭い視線が向けられる。
「だったらクロウが竜宮にしてくればいい!」
「はあ!?ばっ、でで出来るわけねーだろ!」
ぎゃあぎゃあと掴み合いになりそうになった所で、元よりその場合クロウに勝ち目が無いことを理解した上で鬼柳はさあほら出た出た!と靴と共に二人を廊下に追い出した。
「ちゃんと出来るまでこの部屋に戻ることは許さねーからな!」
「はあ…」
遊星は一人、ざわつきどよめく視線の数々を一身に受けながら重い溜息を吐いた。無理矢理女子が泊まるフロアに連れて来られ、挙句に鬼柳とクロウは見張りの先生の目を撒く為に散らばっていくし始末。その場にポツンと残されたオレはおかげで一人、女子からの珍奇の目に晒されている。その場のノリで駆け出せばまだ此処までの状況には陥らなかっただろうと気づいたのは後の祭り。まあ就寝時間にさえなれば強制的に戻れることだろう。嫌な所で付き合いのいいジャックが男子フロアへの逃げ道を塞いでいると思うと頭が痛い。
さて、とにもかくにもこれ以上ここに立ち止まっていても仕方がない。就寝時間までどうやって切り抜けるべきか…。何処か女子の目につかない隠れ場所は無いものかと辺りを見渡す間にも、それをどう受け止めたとか周りの女子は遠巻きに此方を見ながら小さく声をあげる。別にオレは何もしにきてない、決してそういう妙なつもりで来たわけじゃないから頼むから変な噂は流さないでくれと懇願したかったが出来るはずもなかった。
「…あれ、不動?」
「!」
あひるの子の様に一人浮いているオレに声をかけた勇者が一人。女子との交流が滅多にないオレが唯一すぐに気づくことの出来る声に身体が目に見えて強張ったのが分かった。きっと自分の動揺は見る人が見れば笑えるほどに分かりやすいのだろう。ゆっくりと振り向けば、いつも見慣れた制服姿でも無いが酷く驚いた表情をして此方を見上げていた。
「よく先生に捕まらなかったね。どしたの、何か用事?」
女子フロアに男子が一人。しかも…自分で言うのも何だが、大人しいとは言えないものの、女子に対しては決してやんちゃで無いオレともなればそれは驚くことだろう。その証拠が遠巻きにオレを見ていた女子たちだ。それもそうだと頷きたい所だが、今一番驚きたいのはオレの方だ。まさかよりにもよって、君から声をかけられるとは。出来ることなら気づかれる前に何処かに隠れたかったのに。
「あ、ああ…」
歯切れの悪い返事しか浮かばない。こういう時に限って錆びついたように動かなくなる頭をスパナで殴りつけたくなる。言ったあとでしまったとも思った。用事があるに肯定してしまったらそれこそ妙なことをしに来たと言ってるようなものだ。…だが、かと言って、用が無いと言ってしまえばじゃあ何で此処にと問われるのはあまりに目に見えている。
嫌な勘違いをされたくなくて、また何もしていないというのに罪悪感にも似た劣等感から視線が合わることが出来ない。男子フロアと同じ床を見つめながらどうすべきかと空回りしている頭を必死に悩ませていると不意に目の前で手が振られた。
「此処だと先生に見つかるのも時間の問題だけど…何かあるなら、手伝おうか?」
おーい、と様子の可笑しいオレを心配するかの様にひらひらと手を振る彼女はきっと、オレに対して何の疑問も抱いてないのだろう。だからこそ、こうしてそれが先生の目を掻い潜らなければならない様なことでも滅多なことはしないと判断して手伝おうと申し出てくれる。それは確かに、僅かながらに彼女との間に築けた信頼のおかげであったとも言えるし、嬉しくもあったが、それが余計に今の自分の首を絞めている。申し出はありがたいが、彼女に手伝ってもらって一体なにをすると言うんだオレは。というかオレは今どうしたらいい。
「…不動?」
「いや…その、……君に、用があって。」
「私に?」
言ってから頭を抱えて出来ることなら窓ガラスをぶち破ってでもこの場から逃げ出したくなった。何を、言ってるんだオレは!する気なのか?にセクハラしに来たとか本人に有言実行するつもりなのか?そんな馬鹿な!
自分で自滅してピシリと動きを止めてしまったオレに首を傾げたはしばらく考え込んだあと、「ごめん、先に戻ってて」と抱えていた手荷物を一緒にいた友人に預けて「ちょっといい?」と喉につっかえて言葉を発することの出来ないオレの答えを待たずに手をとって駆け出した。走る間に、ポタリと頬に飛んできた雫と、繋いだ熱い小さな手が彼女が風呂上りなのだとそこでようやくオレに気づかせた。
「ごめん、あの場で言いづらそうだったから…っていうか周りうるさかったし。」
「いや…」
人気の無い階段近く。本来ならば男子フロアと行き来のできる此処には見張りの先生がいる為生徒は寄り付かない――のだが、鬼柳とクロウに手を焼いているのだろう、幸か不幸か先生はいなかった。そんなことを露知らず疑問符を浮かべながらも丁度いいやと言った様子のが繋ぎっぱなしだった手に気づいて慌てた様に手を離す。あ、何かごめんねと普段あまり気にしない性格だろうに、気にした様な言葉を吐くのはオレがそういうのに興味が無いと思っているからか、それとも自惚れてもいいのだろうか。
「で、用って?」
気を取り直した様に腕を後ろで重ねながら足元に弧を描いてが振り返る。よく乾かされていない髪は性格も出るのだろうが、本当にオレと出会ったのは部屋に帰る途中だったのだろうと容易に想像がつく。シャンプーの香りが風に乗って鼻を擽る。ここで初めてオレは改めての姿を見た。ただ同じクラスに通うだけの仲、お風呂上りに会うなんて機会はあるわけ無かったし、そもそもいつもと違う服に身を包んでいる姿を見れただけでも幸運だというのに。加えて火照ったままの頬に滴る水滴。ごくり、と生唾を飲み込んだ。バクバクと脈打つ心臓は決して軽く走ったせいでは無いのだろう。
「……ふど「」…!」
二人きりの場所で言葉も無く見つめられ、どう反応を返せばいいのか困ってしまう。何処か落ち着かない居心地の悪さを感じながらこの状況を打破しようと呼び掛けたは、ぎゅ、と大きく骨ばった掌に手を取られたことに息を呑んだ。そして、突然ながらに初めて呼ばれた自分の名前。一体それはどういう意味なのだろうか、考えても答えが出ることは無かったし、そもそもいくら引き出しを開けたところでその答えを持っているのは目の前の青年の方なのだ。出てくるわけが無い。弾かれたように見上げた群青色の瞳は熱い。
えと、あの、と意味も無く言葉を発してみるもそれ以上何かが出てくることはなく、また彼が反応を示してくれるわけでもなく。どうしたものかとグルグルと容量の超えた展開についにの頭も熱に浮かされてしまったらしい。
「…遊星、?」
気がつけば、そう口にしていた。
ハッ、と我に返るのも許されない状況。それ程までに遊星の視線は熱いものだったし、全身が心臓になってしまったかの様にうるさいそれが鼓膜を埋め尽くす。とりわけ握られた手が熱いのは、言うまでも無かった。
「!」
先程のと同じ様に、名前を呼び返されるとは夢にも思わなかった遊星は息を呑んだ。これは夢なのだろうかとも、思った。小さく開けられた震える彼女の唇が確かに、自分の名前を、呼んでくれたのだと。身体の芯が熱い。夢の様な心地に何処か不安そうながらもしっかりと見上げられる視線。冷静になることなど、どうして出来たろうか。そっと、大きな彼女の瞳に映る自分が段々と近づいて行く。
「…、」
「…っ」
彼女の顔に自分の影が差しかかったとき、
「うひーっ、張り切ってんなあ先公も。おーい遊星、ここかー?そろそろ撤収…どうわっ!?」
「「!!」」
駆け込んできたクロウにバッ、とお互い手を離して距離を取る。え、…えっ!?と遊星とを交互に見ては動揺しきったクロウが「オレもしかしなくてもお邪魔だったか!?」と気づいて声を上げる前に、「ああああ!もうこんな時間だごごごめんね部屋戻る!」と顔を真っ赤にしたが全力ダッシュで戻っていく。――その様子を、遊星が同じように顔を真っ赤にして見送ったかと思えば、すぐに自分が今何をしようとしていたのかという状況を思い出してサアッと真っ青になるのは言うまでも無かった。
見切り発車したらこうなった
(多分どうしてもこうなったと思う)
「嫌われた、もう駄目だ、終わった…」
これなら部屋を出る前に言われたセクハラの方がどれだけ可愛いものだったろうか。好きだとも伝えていなければそんな関係でもないのに突然名前呼びした挙句にあんな、あんな未遂まで…!
割り当てられた部屋に無事帰ってきたのはいいものの、ズーンとテーブルに伏せて落ち込む遊星を横目に、三人はうわあと目を細める。「っていうか、遊星の好きな奴ってだったのか…」とクロウと違いその場に出くわすことの無かった鬼柳が何処か関心したように呟くの聞きながら、ジャックがフンと鼻を鳴らす。何とも珍しい落ち込み様にお前らもっと他に言うことねーのかよ、とクロウは内心思いながら何とか自分たちで招いたこの状況を取り持つべく、「で、でもまあよ、」と声をあげた。妙に声が裏返ってしまったのは、遊星が予想以上のことを仕出かそうとしていたことに対してか。それでも、
「嫌がってるようには、見えなかったけどな」
「!」
そう見えたのだけは本当だった。
\若気の至りな奴らばっかりだぜ!/
20120923