星屑エトランゼ


#星屑エトランゼ

「あ」
そう声を漏らしてが立ち止まったものだから、連られて遊星も足を止めた。
真後ろを歩いていたらしい通行人が、急に立ち止まるなと言わんばかりに鬱陶し気な視線を一つ寄越して二人を追い越して行く。振り返った先には、首をうんと反らして真上を見上げるの姿があった。彼女の視線は、暗いはずの足元までも明るく照らす巨大スクリーンだろうか、いや、きっと一つしかない。
同じように顔を上げた遊星の群青色の瞳に映ったのは、真っ暗な夜空だった。眩いネオンに競り負けて、その存在を少しも主張出来ないでいる輝きが確かにそこにあることを、幼い頃に知った遊星には、には。それが分かっていた。呼ばれている気がした。もう一度、隣で見たいと思った。雑踏の中、小さく息を吸う音が確かに遊星の耳に届いた。
「遊星、星を見に行こう」
きっと、そう提案されることをオレはどうやら既に知っていたらしい。

「マーサ!」
荒げられた幼いの声に弾かれて、相変わらずというべきか、部屋の隅でガラクタを弄っていた幼い遊星は顔を上げた。
家事に忙しいマーサの後ろをバタバタと追いかけては、服の裾を掴んでお願いだからと駄々を捏ねるに、マーサは首を振って断固拒否の姿勢を見せている。しばらく様子を伺っていた遊星は、大まかにではあるものの状況が把握出来た。晩御飯を食べ終わって三十分、カーテンの向こうに広がる空はもうとっくの昔に真っ暗だ。こんな夜に出歩くものじゃないと宥めるマーサは、星を見に行くだけだと言うが、本当にただそれだけで済むものではないと分かりきっているのだろう。
「じゃあ一人じゃなかったらいい?ジャック一緒に行こう!」
「どうしてオレが。」
団体交渉に出たらしいが、たまたま近くを通りかかったジャックを引っ掴む。紫色の釣り目を細めて心底迷惑そうに返ってきた返事にがぼそりともうデュエルしないと零す。それに反応して声を荒げるジャックを無視して近くにいたクロウの名前を呼ぶも、遊星と同じように状況を理解した上で指名されるのを呼んでいたらしい彼は「面白そうだけど後でマーサに引っ叩かれるのは嫌だぜ」の一言。同意を示した上での拒否なだけにぐぬぬとが唇を噛み締めた。他に誰かいないものかとオロオロと辺りを見渡したと、遊星の視線がバチリと重なる。決して近い距離では無かったものの、表情を綻ばせてやってくるに遊星の心臓がドキリと跳ねた。
「遊星!遊星は一緒に来てくれるよねっ!?」
そう言って遊星の手を取ったの必死っぷりと言ったら。目の前で懇願する少女を見たあと、遊星がチラリとマーサを見上げれば、やれやれと言わんばかりに困った表情。遊星自身、マーサの言っていることが間違っているとは思わなかったし、マーサの為、また彼女の為、そして自分の為をも思うならば一緒に宥めた方が良かったのだろう。だが、しかし。懇願する様に、そして期待に満ちた目を、どうして遊星に裏切れただろうか。
結局、不満気なジャックとなんだかんだで楽しみなのを隠しきれていないクロウを巻き込んで、オレたちは星空を見に行った。――あの時のことを、君は覚えているだろうか。

街中で見上げた空と同じとは到底思えないほどの、満天の星空はそこには広がっていた。歓喜の声を上げてやっぱり郊外は違うねとはしゃぐが一目散に高台の先へと駆け寄っては、手摺に手を置いて見上げる。その背中に「危ないから気をつけろ」と追いながら注意した所で、遊星は再び幼い日のことを思い出した。隣に並んで見上げた星空は、目下に見えるシティのネオンが届かずに意気揚々に輝いている。
こうして一緒に見上げたことを、君は覚えているだろうか。瞼を閉じれば、はしゃぎながらより近くでとジャンク山を登るに危ないから気をつけろと、さっきとまるで同じ言葉をかけた自分が甦る。だいじょうぶ、と言って振り返ったの嬉しそうな表情と、向けられたありがとうの言葉が凄く嬉しくて。マーサには悪いが彼女の為に動いてしまったことを後悔はしなかった。遊星も早く、と手招きするに呼ばれてよじ登ったジャンク山の上で、一緒に見上げた星空はいつも自分たちの傍にいたらしい。
「凄いね、遊星」
「ああ」
今度こそ、星に手が届きそうだよ。
そう言って無理だと分かっていても手を伸ばすは、同じようにあの時のことを思い出しているのだろうか。何年経っても変わることのない行動に思わず笑みが零れる。それはきっと、自分も同じ。相槌を打ちながら何気無くの方を見た遊星は、思わずハッと息を飲んだ。目下に広がるネオンとは違う、ささやかな星影に照らされながら空へと手を伸ばすの横顔が、まるで自分の知らない人のように見えた。ただはしゃいでいるだけなのに、すっと細められた瞳はあの時と同じように星空を映しているのに。幼い頃とは違うのだと思い知らされる様に遊星は焦りにも似た感覚を覚える。変わったのは自分か、はたまた彼女か。いや、きっとどちらも変わってはいない。変わったのはきっと、自分の心。腕がだるくなってきたー、何て垂れる声は変わらない聞きなれた声なのに、腕を下ろそうとしないが自分の知らない所へ行こうとしている様にも思えてきて。
「っ、」
「!」
っと、半歩、足を出して身体を支える。突然後ろから抱きすくめられる形となったは空から目を離してパチパチと、視界の端に映る黒髪に瞳を瞬かせた。
「…遊星?」
「………。」
小さく名前を呼んでみても返事は返って来なかった。肩口に伏せられた遊星の表情を見ることは叶わぬまま、一体何を考えているのか分かりかねながらしばらく。はもう一度空を見た。決して届かないと分かっていながらも、幼いときと同じように手を伸ばした星たちが変わらずにキラキラと白か黄色かとも分からぬ色を魅せている。
「遊星、」
手を伸ばす必要、なかったみたい
そう言って小さく笑うに対して、遊星はそこで初めて「そうか」とだけ答えた。相変わらずの素っ気無い返事だが、気にするような間柄の浅さではない。肩口にかかる体温にくすぐったさを感じながら、ずっと昔からすぐ傍にあった星には口元を緩ませた。上を見上げる必要もない、いつだって手を伸ばせば届く、目の前で交差する回された腕に指先で触れる。

「うん?」
「月が、綺麗だな。」
肩口に顔を伏せたまま、遊星が不意に問いかけてきた。密着する身体と回された腕の体温を確かに感じながら、は言葉に導かれるように顔を上げた。見上げた瞳に、星たちに負けず劣らず、まるでオーケストラを仕切る指揮者のように踊り輝く綺麗な満月が映り込む。確かにその真っ白な月は綺麗だった。――でもね、遊星、
「見えてないでしょ?」
首を捻ってすぐ隣を見る。相変わらず、肩に額を乗せたまま、空を見上げることのない遊星がそこにはいた。確かに遊星の言っていることは間違ってはいないが、問いかけてきた本人が肝心の月を見ていないとはどういうことなのか。
「………。」
「?」
そして待ち受けるは沈黙再び。先程から彼の言おうとしていることが分からず、は小さく首を傾げながら空いた手で遊星の頭を撫でてみたりしてみるも、結局再び彼の唇が開かれることは無かった。何かヒントがあるのだろうかと、もう一度見上げる星空。星を見に行こうと言ったに対して、月が綺麗だと主張した遊星の意図は何なのか。しばらくの沈黙のあと、ふと、ごく自然に浮かんだ答え。何かに気づいたが「……ああ、」と納得の声を小さく漏らす一方で、彼女の身体に回された腕の指先が、ピクリと小さく動いた。
「遊星、暖かいね」
「…オレもだ」
気づいてしまえば、じわじわと頬に熱が集まるのは早かった。遊星が顔を伏せてくれていて良かったと思う反面、何処かそれがじれったくも感じてむず痒く感じる。緩みきった頬と反対に何処か困ったように眉を下げて。たった一言で溢れ出る暖かい感覚に満たされながら、はコテンと肩に乗せられた遊星の頭に、寄りかかるように頭を乗せた。


星屑エトランゼ
(これだけ一緒にいてもまだ知らない君がいる)


※終盤の成り立ってない電波会話は文学的な意味で捉えてやって下さい
タイトルは螢さまより頂いたお題でした!もしかしなくても:リア充爆発しろ
20121001